
令和7年4月25日
国立大学法人福井大学
〈本研究成果のポイント〉
◆サルコペニアのスクリーニング法を開発
◆行政が使用する基本チェックリストでサルコペニア判定の可能性
〈概要〉
高齢化が進む日本において、サルコペニア(注1)の早期発見は重要な課題です。福井大学医学部地域医療推進講座の大西秀典助教らの研究チームは、全国的に活用されている基本チェックリスト(KCL)(注2)が、サルコペニアのスクリーニング(注3)に有効かどうかを検討しました。福井県若狭町の地域住民442名を対象に調査を行い、KCLと年齢を組み合わせることで高い診断精度でスクリーニングできることを示しました。
本研究により、体組成計など特別な機器を用いずに、従来業務で使用している質問票と年齢情報のみでサルコペニアを効果的にスクリーニングできる可能性が示されました。今後の地域高齢者支援や介護予防策への活用が期待されます。
〈研究の背景と経緯〉
サルコペニアは疾患の治療成績にも影響を与え、総死亡リスクや要介護リスクが有意に上昇すると近年報告されています。日本のように高齢化が進んでいる国では、サルコペニアの早期診断や予防は重要です。サルコペニアの診断は、Asian Working Group for Sarcopenia 2019(AWGS2019)(注4)の診断基準に基づき握力の測定、体組成計などを用いた筋肉量の評価、歩行速度などの身体機能の 3 指標により判定されています。また、AWGS2019ではサルコペニアのスクリーニングとしてSARC-F(注5)の質問方式が推奨されていますが、精度に課題があります。
日本では、将来介護が必要となる高齢者を早期に発見するためにKCLが開発され、介護予防把握事業の一環として導入されています。KCLは、生活状態や心身の機能に関する25の質問に対して、「はい」か「いいえ」で回答する自記式質問票で、日常生活関連動作、運動器の機能、低栄養状態、口腔機能、閉じこもり、認知機能、抑うつ気分の7領域を評価します。
自治体で活用されているKCLを用いてサルコペニアを早期に把握できるようになれば、体組成計などを用いずに従来業務の範囲内で自治体に新たな負担をかけることなく、地域に暮らす多くの住民を対象としたサルコペニアの予防的な支援が可能となります。KCLを用いてサルコペニアを把握する取り組みは、高齢期の健康維持や介護予防につながり、地域全体の健康づくりに大きく貢献すると期待されます。
〈研究の内容〉
本研究は2020年から2022年にかけて福井県若狭町の地域住民442名(平均年齢76.7歳、女性72.1%)を対象とした横断研究(注6)です。参加者にはKCLと握力測定、歩行速度、体組成の測定を行い、AWGS2019に基づいてサルコペニアの判定を行いました。また、ROC解析(注7)を用いて、KCLによるサルコペニアの有無の判定精度を評価しました。KCLのみの判定以外に、年齢因子(70~74歳:5点加点、75~79歳は10点加点、80歳以上:15点加点)を組み合わせ、統計学的にKCLとサルコペニアに関連がみられたKCL5項目などの4パターンの判定を行いました。(①KCLのみ、②KCLと年齢、③統計学的に選択したKCLの5項目、④統計学的に選択したKCLの5項目と年齢)。
〈解析結果〉
全体のうち34名(7.6%)がサルコペニアと診断されました。以下の診断精度(表1)が得られました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504227742-O1-6D59hP01】
統計学的手法により選択されたKCLの5項目と年齢の組み合わせは、最も高い診断精度を示しました。しかし、これは横断研究に基づく統計解析によって導き出された結果であるため、今後、項目の選定にはさらなる検討が必要です。一方、KCLのみでもAUCが0.805であり、とても良い診断精度で、KCLと年齢因子を加えたAUCでは0.892 と、より精度が高まります。
本研究の成果により、既存のKCLは、サルコペニアの判定に有用で、年齢を加えることでさらに診断精度が向上する可能性があります。追加の機器やコストをかけずに、サルコペニアの早期スクリーニングが可能となる実用的な方法が示されました。
〈今後の展開〉
本研究により、基本チェックリスト(KCL)と年齢を組み合わせることで、従来業務に追加の測定器や費用をかけることなく、地域住民に対してサルコペニアの早期発見ができる可能性を示唆しています。今後は、縦断研究(注13)を通じてKCLとサルコペニアの関連項目をさらに検証し、より簡便で効率的なスクリーニングツールの開発を目指します。また、本研究で得られた知見をもとに、サルコペニアのリスク判定をKCLと組み合わせて行えるアプリケーションの開発も視野に入れています。アプリを開発できれば、より自治体や介護現場での活用を促進し、行政の負担を最小限に抑えつつ、多くの住民を対象としたサルコペニア予防支援が可能となることが期待されます。
〈参考図〉
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504227742-O2-0DM8Tyg8】
〈用語解説〉
(注1)サルコペニア:加齢、生活習慣、疾患などを原因として筋肉量が減少し、それに伴って筋力や身体機能が低下する状態を指します。診断には、握力の測定、体組成計などを用いた筋肉量の評価、歩行速度などの身体機能の測定が用いられます。
(注2)基本チェックリスト:高齢者の生活や健康状態を確認するための25項目の質問票です。平成18年頃に厚生労働省が示し、地域包括支援センターなどで活用されています。日常動作や体力、栄養状態、口の機能、外出の頻度や気分の落ち込みなどを幅広くチェックすることで、介護予防や支援の必要性を早めに見つけることができます。自立した暮らしを続けるための大切な目安となるツールです。
(注3)スクリーニング:疾患などの目的とする条件を選別、ふるい分けることです。
(注4)Asian Working Group for Sarcopenia 2019 (AWGS2019):アジア各国のサルコペニアの研究者が集まり、2019年に話し合ってサルコペニアの診断基準が報告されています。日本では、この AWGS2019 を用いてサルコペニアを判定することが推奨されています。
(注5)SARC-F:5つの質問(S:力の弱さ、A:歩行補助具の有無、R:椅子からの立ち上がり、C:階段を登る、F:転倒)から構成されたサルコペニアのスクリーニングツールです。
(注6)横断研究:ある1時点の参加者を対象に行った調査です。
(注7)ROC解析:ある検査や質問票(たとえばKCL)などにより疾患の有無をどれだけ正確に区別できるか(診断精度)を評価するための統計的手法です。
(注8)AUC(曲線下面積):ROC曲線の精度は、AUCの面積で数値的に評価します。1.0に近いほど検査を正しく判定でき診断能力が高いといえます。
(注9)95%信頼区間:同じ検査を繰り返したときに、その結果が95%の確率で含まれる範囲のことです。
(注10) 感度:疾患(サルコペニア)などを正しく「ある」と判定できる割合です。
(注11)特異度:疾患(サルコペニア)を正しく「ない」と判定できる割合です。
(注12)カットオフ値:検査や問診の結果から、疾患や異常があるかどうか判断するための境目になる数値です。
(注13)縦断研究:同じ参加者を長期間にわたって繰り返し調べることで、変化や経過を追いかける研究方法です。
〈論文タイトル〉
The Kihon Checklist is a useful screening tool for predicting sarcopenia:A retrospective cross-sectional pilot stud
日本語タイトル:基本チェックリストは、サルコペニアの予測に役立つスクリーニングツールである:後方視的横断面パイロット研究
〈著 者〉
大西 秀典 福井大学医学部地域医療推進講座 助教(責任著者)
岡本 智子 福井大学医学部看護学科コミュニティ看護学 助教
新井田裕樹 仁愛大学人間生活部健康栄養学科 講師
山村 修 福井大学医学部地域医療推進講座 教授
〈掲載雑誌〉
The Journal of Medical Investigation(2025月3月31日 採択)
http://medical.med.tokushima-u.ac.jp/jmi/index.html