
ハイパースペクトルリモートセンシング技術を駆使した月の資源鉱物マッピング
ポイント
・ 月探査データを使ったデータマイニング技術により、月面のチタン鉄鉱の濃集地域を特定
・ チタン鉄鉱に富む物質は月の火砕堆積物中に広く分布することを解明
・ 埋蔵量は1,000億トン以上と見積もられ、月で調達可能な資源鉱物として注目
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202503135682-O1-i6nw2zeP】
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門 山本聡 研究グループ長、松岡萌 研究員、池田あやめ 研究員と、立命館大学 宇宙地球探査研究センター 長岡央 准教授、会津大学 コンピュータ理工学科/情報システム学部門 大竹真紀子 教授は、月探査衛星「かぐや」(SELENE)で取得されたハイパースペクトルデータを使ったデータマイニング解析を行い、月面のチタン鉄鉱(イルメナイト)の濃集地域の特定に成功しました。特定された濃集地域に対して、高空間分解能の地形カメラおよび複数の波長帯の電磁波で観測できるマルチバンドカメラを使った詳細解析を行ったところ、チタン鉄鉱は月の火砕堆積物中に広く分布することが分かリました。チタン鉄鉱(FeTiO3)から得られる水や酸素・鉄・チタンは、人類が月面で基地建設をしたり有人活動を続けたりする上で必要不可欠な資源です。本研究の成果は、月面での持続可能な資源採掘拠点の設計計画に貢献し、月面での酸素供給・軽量素材の製造に係る技術開発を通じて、新たな宇宙産業市場の活性化につながることが期待されます。
なお、この成果の詳細は、2025年3月10日に「Journal of Geophysical Research-Planets」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
近年、月での産業利用・資源探査に向けた取り組みが加速しています。月面での水や酸素の採取技術や月面基地・輸送装置の設計・製造に関する技術開発にさまざまな民間企業が取り組みを始めている中で、月面で調達可能な資源の確保の重要性が高まっています。チタン鉄鉱は、月面の玄武岩に含まれる酸化チタン鉱物の一つです。玄武岩は月の内部で生成したマグマが地表面に噴出してできたものであることから、玄武岩中のチタン鉄鉱を詳しく調べることは、月の内部組成や月の進化の理解に繋がります。さらに、チタン鉄鉱を活用することで水や酸素、鉄、チタンが得られることが知られており、月面基地建設などの有人活動に欠かせない重要資源になると考えられています。したがって、月面のチタン鉄鉱の分布を明らかにすることは、月の科学と資源探査の両方の観点から重要です。一方、チタン鉄鉱は月面に存在する主要な鉱物と比べて光の反射率が低いことから、周囲と比べて「暗く」見えます。リモートセンシングで得られる反射スペクトルも微弱で、その検知や判別は困難です。そのため、月面の濃集地域の分布、層状などの地質に関する知見は十分に得られておらず、資源採掘の戦略となる基礎的な情報が整備されていない状況でした。
研究の経緯
産総研は、地球観測衛星や月・惑星探査で得られるハイパースペクトルデータを使った、特定の鉱物を判別する技術開発を進めてきました。岩石・鉱物学と分光学の知見を考慮し、多様な鉱物が混ざり合った状態の反射スペクトルに含まれる、特定鉱物の特徴的な情報を抽出するデータマイニング技術を開発しています。今回、この技術をこれまでに月で取得された7000万に及ぶ大量のハイパースペクトルデータに応用し、チタン鉄鉱が持つ暗くて微弱な反射スペクトルの特徴を検出することに成功し、月面のチタン鉄鉱に富む地域を特定しました。
研究の内容
チタン鉄鉱をはじめとする酸化チタンの反射スペクトルは、紫外線(UV)波長から青色波長にかけて、反射率が増加しますが(図1の(A)の波長帯)、月で見つかる他の鉱物はこの波長域において反射率が減少します。これまで行われてきた月のリモートセンシングデータの解析では、この違いを利用してUV波長の画像と可視光の画像の比を取り、チタン鉄鉱に富む玄武岩の分布を推定してきました。しかし、この方法は玄武岩以外には適用できないという問題点があり、特に火山性ガラスが分布する領域ではチタン鉄鉱のUV波長の特徴が判別できなくなることから、チタン鉄鉱が濃集している場所が月全体でどうなっているのかよく分かっていませんでした。
一方、チタン鉄鉱の近赤外線(波長0.8 µmから2.5 µm付近)の反射スペクトルは、月の典型的なレゴリスとは異なる特性を示すことが知られています。図1は月面の代表的なレゴリスとチタン鉄鉱の反射スペクトルを比較しています。レゴリスのスペクトルは、波長1 µmと2 µmにおいて反射率が低くなり、スペクトルの形として下に凸の特徴を示します((B)と(C)の波長帯)。一方、チタン鉄鉱は波長1 µmで反射率が増加し、上に凸の特徴を示します。さらに波長2 µmでの反射率も増加しています。この特徴(以下、「スペクトルのピーク」という)はレゴリス中にガラスやいろいろな鉱物が混ざっている場合でも、微弱な信号として検知できる可能性があります。
そこで今回の研究では、チタン鉄鉱の近赤外線反射スペクトルのピークに着目し、「かぐや」で取得された約7000万に及ぶ大量のハイパースペクトルデータの中から、スペクトルのピークを持つものだけを抽出するデータマイニングを実施しました。その結果、スペクトルのピークを示す51地点を特定しました(図2)。これらのチタン鉄鉱が濃集する地域は、これまで着目されていた玄武岩の海ではなく、その周囲に分布する月の火山活動で堆積した火砕堆積物領域であることが分かりました。
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さらに、チタン鉄鉱の濃集地域に対して、「かぐや」搭載の地形カメラによる高空間分解能の画像およびマルチバンドカメラ画像を使った融合解析を行い、チタン鉄鉱の岩体や周辺の地質について詳細に調べました。その結果、チタン鉄鉱に富む物質は、玄武岩が分布する領域よりも少し盛り上がった月の高地と呼ばれる領域に堆積した火砕堆積物中(図3(A))や、天体の衝突で作られたヴィテロ・クレーターのすぐ外側(図3(B))に濃集していることが分かリました。また火砕堆積物の周囲には火山性ガラスも多く分布していました(図3(B)の緑色の部分が火山性ガラス)。
一方、過去の研究で酸化チタンに富むと考えられてきた玄武岩の海では、チタン鉄鉱の濃集を示すスペクトルのピークが見つかりませんでした。この理由として、玄武岩中に多く含まれる輝石やカンラン石が、チタン鉄鉱のスペクトル特徴を隠している可能性が考えられます。また、玄武岩中の酸化チタンは必ずしも、全てチタン鉄鉱として存在するわけではなく、玄武岩中で他の鉱物や輝石に酸化チタンとして入り込んでいることや、隕石衝突で生成されたガラス状の物質にも取り込まれている可能性が考えられます。いずれにしても、玄武岩中のチタン鉄鉱の濃度が、他の鉱物と比べて十分に高くないことから、スペクトルのピークを示さなかったと考えられます。逆に言えば、今回見つかった51カ所の火砕堆積物は、スペクトルのピークを十分に示すほど、チタン鉄鉱が濃集している可能性が高いと考えられます。
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月の火砕堆積物は、マグマが噴出する過程で細かい粒子となり、月の表面に堆積したものと考えられています。玄武岩からチタン鉄鉱を取り出す場合と比べて、粒子の細かい火砕堆積物中のチタン鉄鉱は効率よく採取できると考えられます。また、大きな塊ではなく、細かい粒子の火砕堆積物の場合、チタン鉄鉱の表面積が大きいことから、水素などを使った還元処理を効率良く行えます。そのため、玄武岩に含まれるチタン鉄鉱を資源として利用するよりも、資源採掘および精製の両方において効率的です。
注目される埋蔵量ですが、図3(A)の「スルピキウス・ガルス」と呼ばれる領域に対して推定したところ、1014 kg(1,000億トン)存在すると算出しました。この量は月の資源開発を行う上で十分過ぎるほどの量であると考えられます。このことから、今回見つけた火砕堆積物に含まれるチタン鉄鉱は、従来知られてきた酸化チタンに富む玄武岩よりも資源としての利用価値が高いと考えられます。
今後の予定
月はもはや科学の対象だけでなく、月での産業利用、資源探査に向けた人間活動の対象になっています。月面での有人活動に関わる技術開発に国内外のさまざまな民間企業が取り組みを始めている中で、本研究の成果はこれらの活動のベースとなる資源鉱物に係る月の地質情報を提供するものです。今後、チタン鉄鉱濃集地域の高解像度の画像データや熱赤外データを含む多様な地質データを使った融合解析を行い、チタン鉄鉱の化学組成、純度(濃度)や火砕堆積物の粒度など詳細な層序と組成分布に関する情報を明らかにする予定です。これにより、具体的な採掘候補地点の絞り込みに必要な月資源に係る知的基盤整備を目指します。
論文情報
掲載誌:JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH-PLANETS
論文タイトル:Global distribution and geological features of ilmenite-rich sites on the lunar surface
著者:Satoru Yamamoto, Moe Matsuoka, Hiroshi Nagaoka, Makiko Ohtake, and Ayame Ikeda
DOI:10.1029/2024JE008663
用語解説
月探査衛星「かぐや」(SELENE)
2007年に9月に打ち上げられたJAXAの月探査衛星。月の起源や進化を調査するために搭載された14のミッション観測機器を使って、月面の地形や鉱物分布、重力場などを詳しく測定しました。
ハイパースペクトルデータ
ハイパースペクトルデータは、多数の連続波長帯で取得した詳細なスペクトル情報を含むデータです。SELENEでは「スペクトルプロファイラ」という光学センサーを使って、可視域〜近赤外域に対して185の連続波長帯のハイパースペクトルデータを取得しました。
チタン鉄鉱(イルメナイト)
鉄とチタンを主成分とする黒色または褐色の鉱物で、化学式は FeTiO3 です。地球では火成岩や堆積岩中に見られます。月面では火山性堆積物に豊富に含まれることが知られ、月資源としての利用が注目されています。
マルチバンド
リモートセンシングにおける「マルチバンド」とは、複数の波長帯(バンド)で地表を観測し、それぞれのバンドが異なる情報を提供するデータ形式のことです。SELENEでは「マルチバンドイメージャ」という画像センサーを使って、可視域5波長帯(20m/画素)、近赤外域4波長帯(60m/画素)で月面画像を取得しました。
火砕堆積物
月の火砕堆積物は、月面の火山活動によって噴出した微細なガラス粒や岩石片などからなる堆積物です。月の表面に広がる暗い地形や一部の平坦な領域に特徴的に見られます。マグマに含まれる揮発ガスにより噴出時に爆発的な噴火が起こり、広範囲に堆積したと考えられています。
玄武岩
主に輝石、斜長石、カンラン石の鉱物で構成される黒っぽい火成岩です。地球では海底や火山地域で広く見られますが、月面では広大な「月の海」を形成している主要な岩石です。月の玄武岩にはチタンや希少な元素が多く含まれ、月の成り立ちや資源利用の研究対象となっています。
反射スペクトル
対象物が特定の波長の光をどの程度反射するかの割合を反射率と呼びます。この反射率を様々な波長に対してデータを集積したものを反射スペクトルと呼びます。反射スペクトルから、対象物の組成や表面の状態、粒子のサイズなどを識別する手がかりが得られます。リモートセンシングでは、地表や対象物からの反射スペクトルを観測することで、鉱物、土壌、植生などの情報を遠隔的に取得します。
レゴリス
大気を持たない月や小惑星の表層で見られる堆積物の総称です。繰り返し起こる隕石衝突により天体表層の岩石が粉砕され、小岩片、砂、細粒物、衝突で溶けてできたガラス状物質などが混在して形成されたものです。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250317_2/pr20250317_2.html