『地面師たち』は、新庄耕の同名小説が原作。2017年に起こった積水ハウス地面師詐欺事件をモデルに創り上げられたクライムストーリーだ。まず“地面師”が何なのかというと、他人の土地の所有者に成りすまして売却を持ちかけ、偽造書類を使って多額の金を騙し取る不動産詐欺を行う集団のこと。大がかりな計画を遂行するため、リーダー、交渉役、法律屋、ニンベン師(偽造書類作成者)、成りすましのキャスティング(手配師)、情報屋など、あらゆる分野の精鋭が集まる。彼らは、戦後の混乱期や、土地価格が高騰したバブル時代に多発。書類電子化などによって一時は鳴りを潜めるものの、東京オリンピック招致決定を機に土地価格が上昇、再び横行するようになったという。ドラマでは主に、過去最大のヤマに挑む地面師集団と、彼らを追う刑事コンビ、そして騙される者たちの3者の視点で進んでいく。(以下、ネタバレあり)
■筆者プロフィール
山根由佳
編集者・写真家のマネージャーなど複数の草鞋を履くフリーライターで、海外ドラマ&映画の熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。X(Twitter):@ymndayo/サンディエゴ・コミコン通信Instagram:@sdcc_maniajp
山根由佳
編集者・写真家のマネージャーなど複数の草鞋を履くフリーライターで、海外ドラマ&映画の熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。X(Twitter):@ymndayo/サンディエゴ・コミコン通信Instagram:@sdcc_maniajp
知能犯たちによる巧みな技が、好奇心を刺激する
1話目では、新進の不動産企業「マイクホームズ」を相手に10億円規模の不動産を騙し売る過程が描かれ、彼らがどのように獲物を地獄に落とすのかというノウハウが明かされる。手順はこうだ。まずは、土地の初期情報を集める情報屋が候補地を挙げ、物件を選定、不動産ブローカーに偽情報を流す。餌に食いついたターゲットに法律屋が接触し、交渉成立まで口説く。同時進行で、手配師が地主のなりすまし役をキャスティングし、それに伴い、ニンベン師が偽造書類等の作成を進める。法律屋は、バレるリスクを回避するため、何かしらの理由を付け、ターゲットとなりすまし役を会わせないようにし、その代わり相手に物件の下見をさせて安心させる。最後、本人確認及び最終決裁時にターゲットと成りすまし役が初対面。交渉役、法律屋、なりすまし役で芝居を打ち、契約締結まで持っていく。地面師たちへの入金が済んで少し経った頃、当然、土地の所有権移転の申請は法務局から却下。そこで初めて、ターゲットは地面師詐欺に遭ったと気づくのである。
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一連の流れを見ていくことで、情報収集能力、不動産知識、コネクション、演技力、技術力、即興力、決断力など、地面師メンバー各自のテクニックいかに巧妙なものかが窺い知れる。また、「物件下見の段階で、仲介業者の取り分に解体費用を上乗せすることを条件に加え、市場価格より安く提示した理由を悟らせ、逆に信ぴょう性を持たせる」、「最終決裁時、土地の権利証に代わる本人確認情報を作成した弁護士も、なりすまし役が偽物だと知らずに立ち会う」といった細やかなテクニックも披露されていき、彼らがリアリティを追求し、細部まで抜かりなく計画を練り上げていることも分かる。おそらく特異な職に就いていない限り、地面師詐欺の犯罪手口を調べることは、ほとんどないだろう。そんな、ふだん接触することのない犯罪テクニックが鮮やかに繰り広げられていく様に、否が応でも知的好奇心がそそられてしまう。
犯罪者であると理解しても地面師側に立ってしまうように……
「マイクホームズ」の件で一儲けした地面師たちが次に選んだのは、その約10倍。港区高輪・光庵寺に隣接する、100億円の市場価値を持つ3,200平米の土地だ。所有者である住職・川井菜摘は「絶対売らない」と主張し、いつも寺内にいるため、あらゆる点でハードルが高い。チーム内からも、「町場の土地に100億も出せる会社なんてあるのか」と懸念の声も上がるが、“渡りに船”とばかりに引っかかるのが、超大手の「石洋ハウス」。土地代だけで70億する大型プロジェクトが地主のいざこざで白紙になったため、代替地を血眼になって探していたのだ。社内決済などガチガチに厳しい大企業を欺く場合は、より神経を尖らせてことを進めていけなくてはならない。しかし、それに相反するように起きるのが、予期せぬ事件や事故の数々。また、100億の取引ともなると相手側も慎重だ。「ここぞ」という瞬間、鋭い一手を打ち出して地面師たちを凍りつかせる。
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本作では毎話、「地面師とはどのような犯罪者なのか」を説明するイントロが挿入されている。繰り返し紹介し、“彼らは極悪人だ”という認識を刷り込ませてくるのだが、それにも関わらず、いつしか地面師側に立ってストーリーを追うようになってしまう。一体なぜなのか。
理由の一つは、騙される/利用される側の人間性によるものが大きい。ターゲットになった「石洋ハウス」の開発本部長・青柳(山本耕二)は、出世欲や嫉妬心が強く、何とも嫌な人間だ。大型プロジェクトの頓挫を避けるべく、部下に怒鳴り散らして物件を探させ、社内コンプライアンス的にNGである札付きのブローカーや地上げ屋とも接触。ようやく見つけた100億の不動産を必ずモノにするため、社長と画策し、裏技で社内稟議を通す。ライバルである須永部長の的確な指摘は、すべて無視。ことが上手く進むと、欲情して股間を触るところも気色が悪い。青柳に件の土地情報を流す、不動産案内所の林(マキタスポーツ)も狡猾な男だ。地面師たちの悪行を見て見ぬふりをして犯罪の片棒を担ぎ、おこぼれをもらう。また、川井(松岡依都美)は住職でありながらも、No.1ホスト・楓(吉村世人)のために寺のお金を使い込む色狂い。その楓も少女買春をしているという始末。最初に騙されていた「マイクホームズ」の真木(駿河太郎)も、不倫がすっぱ抜かれていた。要は、地面師を追う刑事コンビ以外、全員が不快指数の高いクズなのである。
そいつらよりも、独自の美学が香るジェントルマンな統率者・ハリソン(豊川悦司)や、悲しい過去を持つ優秀な交渉役・辻本拓海(綾野剛)、口が上手くユーモアセンスもある法律屋・後藤(ピエール瀧)、プロ根性があり根は優しい手配師・麗子(小池栄子)、仕事ぶりは一流だが引きこもりのニンベン師・長井(染谷将太)、ノリが良いシャブ中の情報屋・竹下(北村一輝)、といった地面師メンバーの方が人間的に魅力を感じてしまうのだ。
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犯罪者目線でドラマを観てしまう理由は、もう一つ挙げられる。劇中、リーダーであるハリソン山中はこう述べる。「誰もが怖気付いて二の足を踏むような難攻不落のヤマを落としてこそ、どんな快楽も及ばない。セックスよりもドラッグよりも気持ちのいいエクスタシーとスリルを味わえる」。彼らの側に立ってしまう理由は、最初のヤマの顛末を見たこと=成功を擬似体験したことで、さらなる快楽を欲するようになってしまったから。常に遠隔で作戦の動向をチェックするハリソンと同等と言えるだろう。石野卓球が手がけるミニマルテクノも、それらの感情をジリジリと助長する。そして、一種の高揚感を抱えつつ、関係者の最後を見届けた時。若手刑事が「地面師は仕事ではなく、犯罪」と断言すると、一気に現実に引き戻される。そうだ。本作は、実在の事件をモデルにした作品であり、彼らの行為は決して許されない。偽りの達成感や悦びに麻痺し、娯楽として消化しきろうとした自分に、何とも後ろめたく渋い思いを感じたのであった。
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