本作は、フィリピンへ逃亡した韓国人犯罪者47名の集団送還のニュースから着想を得たというが、その情報を起点にここまでの物語へと発展させるとは、キム・ホンソン監督の才能おそるべし……と思わず舌を巻いてしまった。現実では上手くいったとて、映画の世界では、極悪犯罪人らが大人しく護送されるはずはなし。そこへ秘密裏に運ばれていた怪人も加わり、警察、犯罪者、怪人による三つ巴へと展開。船の廊下、船長室、機関室、エレベーター、調理場、甲板、と船内を隅々まで活かした迫力あるアクションと共に、地獄絵図へと昇華されている。
爽快感すら感じる、秀逸なゴア描写
2012年に『共謀者』で映画監督デビューし「青龍映画賞」新人監督賞を受賞。以降、『技術者たち』『必ず捕まえる』『メタモルフォーゼ/変身』を手がけてきた“ジャンル映画のマスター”である、ホンソン監督。その作風と言えば、冒頭からぐぐいと引き込む求心力ある筋書きと、何かしらの概念を覆す捻り、そして見応えある肉弾戦などが挙げられる。本作はそれらの特徴がこれまで以上の突き抜けっぷりで、特に殺戮シーンのスピード感の凄まじさたるや! 開始26分後より次々と人が殺されていくのだが、数えたところ、最後までおよそ63人が死亡。つまり、平均すると1.4分間に1人が亡くなっている計算になる。(※船上シーンのみ)
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警察に一瞬で致命傷を負わせる犯罪者たちの強さにも唸ったが、怪人の飛び抜けた身体能力は、もはや面白すぎる。“平手打ちだけで人を殺す”と言えば、その凄さが伝わるであろうか。他にも、頭を掴んで壊す、内臓を掴んで引き出す、頭を踏んで潰す、ナイフだけで膝下を全部切る、頭を壁に打ち付ける、腕をもぎ取りその腕で殴る……など、殺傷方法もクリエイティブに富んでいる。そしてやられた方々も、皆さん玉ねぎを食べまくって血液サラッサラなのかな、と想像してしまうぐらい血の量が半端ではない。人間をただ踏みつけただけであんなにも血が勢いよく流れ出てくるものかと笑ってしまったぐらいだ。
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俳優たちの伸びしろを使いまくった、個性の強いキャラたち
韓国映画・ドラマ界を支える人気俳優たちが、それぞれアクの強いキャラクターを嬉々として演じていたのも印象的だった。
特筆すべきは、第一級殺人による国際手配犯で反乱の主導者となるパク・ジョンドゥを演じたソ・イングク。ドラマ『応答せよ1997』を皮切りに数々のラブストーリー作品に出演し「キス職人」の地位を確立してきた彼にとって、今回は初の悪役。16キロも増量し肉体改造して挑んだという結果は、素晴らしいものだった。ミステリアスでセクシーな四白眼は狂気に満ち溢れたものとなり、厚みのある体には右頬からふくらはぎまで刺青が生々しく光る。「興奮すると暴走する」と邪悪な笑みを浮かべ、瀕死状態の警察をさらに傷つけ、タバコを奪い、放尿するなど、その言動は非道の極み。今後も悪人役をもっと見てみたいと思わせるほどのハマり役だった。
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海洋特殊救助団チーム長オ・デウンを演じたのは、『必ず捕まえる』『メタモルフォーゼ/変身』に続きホンソン監督作は3作目となるベテラン俳優ソン・ドンイル。ドラマ『応答せよ』シリーズのような“良い人”役としての印象が強い彼だが、ドラマ『刑務所のルールブック』のように、時にはその印象を裏切る悪人を演じることも。ホンソン監督は、そんなドンイルという特異な個性を活かし、「今回は良ドンイルなのか、悪ドンイルなのか」と観客を混乱させることに長けている。本作の物語冒頭、海上交通管制センターに元いたスタッフたちを無理やり追いやり、護送計画を遠隔サポートし始めるデウン。その態度にはもちろん、理由が秘められているのであった。
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護送計画現場でチームを率いる刑事班長イ・ソグ役は、ドラマ『刑務所のルールブック』や『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』などで知られるパク・ホサン。犯罪者から挑発されて暴力でねじ伏せるような攻撃的な面を持つ役柄だが、それ故、有事の際には最大限に手腕を発揮。痺れるほどカッコいい姿を魅せてくれる。
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ドラマ『王になった男』や『サイコだけど大丈夫』など、狂気じみた演技に定評あるチャン・ヨンナムは、夫と義父母の殺人により海外逃亡した手配犯チェ・ミョンジュとして登場。ホンソン監督作は『メタモルフォーゼ/変身』に続いて2作目の出演。刑事たちを煽り、手下を顎で使う、横柄な態度の演技は流石であった。
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その他、昨年『還魂』への出演で話題をさらったチョン・ソミンが正義感の強い刑事イ・ダヨンを体当たりで演じ、ドラマ『サーチ ~運命の分岐点~』『ノクドゥ伝~花に降る月明り~』などのチャン・ドンユンは善人か悪人か捉えどころのない犯罪人イ・ドイルをミステリアスに表現。ジョンドゥの右腕コ・ゴンベ役には名バイプレイヤーのコ・チャンソク、ドラマ『ザ・グローリー』の“イケおじ”チョン・ソンイルやドラマ『賢い医師生活』『離婚弁護士シン・ソンハン』のチョン・ムンソンなと話題作出演者たちも。
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そんな「よく見る」顔ぶれの俳優陣が名を連ねているのだが、本作はドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』もびっくりの退場劇がひたすら続く。展開がゴロンゴロンと転じていき、誰がサバイブするのか先が読めない。無法地帯となった船上監獄の中で目まぐるしく繰り広げられるバイオレンスアクションにアドレナリン全開で没入し、予測不能なストーリーの行く末を、ぜひご自身の目で見届けてほしい。
『オオカミ狩り』4月7日(金)新宿バルト9ほか全国公開
監督・脚本:キム・ホンソン
出演:ソ・イングク、チャン・ドンユン、ソン・ドンイル、パク・ホサン、チョン・ソミン、コ・チャンソク、チャン・ヨンナム、チェ・グィファ
字幕翻訳:石井絹香
配給:クロックワークス
2022|韓国|121分|シネスコ|5.1ch|原題:늑대사냥|英題:Project Wolf Hunting|R15+
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『オオカミ狩り』公式ホームページ
https://klockworx-asia.com/pwh/
■筆者プロフィール
山根由佳
執筆・編集・校正・写真家のマネージャーなど何足もの草鞋を履くフリーライター。洋画・海外ドラマ・韓国ドラマの熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。