1986年、デビット伊東、ミスターちんとともにコントグループ「B21スペシャル」を結成したヒロミ。その後、深夜番組『オールナイトフジ』(同系)に3人でレギュラーで出ていたのだが、その正月スペシャルで事件は起きたという。
その前年の年末からNYに旅行していたヒロミ。正月の生放送のために帰国する予定だったのだが、ヒロミは、「B21スペシャルは3人いるから1人いなくても大丈夫」という身勝手な理屈で無断欠席したのだとか。
この詳細についてヒロミは、レギュラー放送のときからデビット伊東やミスターちんが遅刻しては、スタッフから「いいよ、いいよ」と許されていたと回顧。そんな甘々な対応にヒロミもいつしか、「あっそうなんだ。3人組って1人いなくても大丈夫なんだ」と、心の中で勝手に思っていたと語った。
そして生放送を“見事”欠席。楽しい旅行の後、成田に到着して事務所の関係者に様子を尋ねると、なんと「フジテレビ、出禁になってます」と報告を受けたという。さらに番組プロデューサーから電話があり、「てめぇナメてんのかこの野郎!今から坊主にして来い!」と大激怒されたのだとか。
反省の態度を示すべく、ヒロミばかりかマネージャーまで丸刈りにしてフジテレビへ行き、謝罪。ところがプロデューサーからは「お前ら、絶対に出さないから。お前ら、もうフジテレビ出入り禁止だから」と重ねて言われたのだとか。
当時ヒロミはプロダクション人力舎に所属。その創業者で初代社長・玉川善治氏から、帰りがけに「ヒロミ、出入り禁止だから、またニューヨークに行けるな」と皮肉を言われたと振り返っていた。