前回の記事で言及したように、あらゆる解釈ができるよう緻密に引き算された構成で、2回、3回と視聴しても楽しめることが、支持を集めている理由の一つとして挙げられる。しかし、作品の素晴らしさを決定づけているのは、主役2人の化学反応に他ならないと思う。
■筆者プロフィール
山根由佳
編集者・校正士・写真家のマネージャーなど複数の草鞋を履くフリーライターであり、海外ドラマ&映画の熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。X(Twitter):@ymndayo
山根由佳
編集者・校正士・写真家のマネージャーなど複数の草鞋を履くフリーライターであり、海外ドラマ&映画の熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。X(Twitter):@ymndayo
国民の恋人から世界のアイドルとなったスジ
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シェアハウスで一つ屋根の下で住むことになった平凡な大学生イ・ウォンジュンに対し、「絶対に惚れない」と言いつつも、どっぷりと恋に落ちてしまう元アイドル イ・ドゥナを演じたのは、ペ・スジ。2010年、16歳の時にMiss Aのメンバーとしてデビューを果たし、2017年の解散まで実際にアイドルとして活躍していたので、説得力のある配役である。
スジは2011年、あのヨン様(ペ・ヨンジュン)と音楽プロデューサーJYP(パク・ジニョン)が共同プロデュースした青春ドラマ『ドリームハイ』で俳優としてのキャリアを開始。根は繊細だが口の悪いヒロインを演じ、鮮烈なデビューを飾った。そして2012年に公開された恋愛映画『建築学概論』で俳優としての認知度を一気に拡大させる。本作は、大学の建築学概論の授業で出会った男女が徐々に近づくも、誤解によって疎遠になり、大人になってから再会して云々というほろ苦いラブストーリーで、スジが演じたのは大学時代のヒロインだ。清潔感あるカジュアルな装いと愛らしい顔立ちに親しみやすい性格、奥手な主人公に積極的に交流を図り、空き家、屋上、田舎駅など、素朴な場所で楽しく一緒に過ごしてくれるその姿が話題となり、“国民の初恋”として呼ばれるようになった。
その後、ドラマ『九家の書』や映画『花、香る歌』などの史劇作品にて凛々しい男装姿と美しい漢服姿を披露しつつ、悲恋を体現。さらに、記者(『むやみに切なく』『あなたが眠っている間に』)、国家情報院の工作員(『Vagabond/バガボンド』)、起業家(『スタートアップ: 夢の扉』)などのドラマで主演を務め、自然体の雰囲気で、何かしらの目的を達成するため邁進する役柄で定評を得ていく。
彼女にとって意欲作となったのが、2022年に配信された『アンナ』。経歴詐称と詐欺で韓国を揺るがしたシン・ジョンア事件をモチーフに、嘘を重ね他人(アンナ)の人生を生きることになる女性を描いたサスペンスドラマだ。スジは、学も富もコネもないが人一倍自己顕示欲の強い主人公ユミ役。偽りの人生を全うするための努力は惜しまず、完全悪ではない複雑なキャラクターとして描かれており、“アンナ“になっていくにつれ虚ろな面持ちになっていく演技が見事だった。スジは本作で、「青龍シリーズアワード」主演女優賞含め、複数のアワードで賞を獲得。「私にとって『アンナ』は怖くもあり、欲も多かった作品でした。選択するまでの過程と撮影するすべての瞬間がとても大切で、また有意義に記憶に残るでしょう」とコメントを残している。そんな演技派俳優としての地位を確立させた『アンナ』の次回作となったのが、『イ・ドゥナ!』である。
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出演の決め手は、ドゥナというキャラクターのアイドルとしての苦悩、孤独と傷に共感したこと。韓国メディアiZEのインタビューにて、「リハーサルの時から涙がたくさん出た」と語るほど、キャラクターへの没入感が強かったという。豊かな出自の高学歴エリートを偽れるほどの上品な美しさをたたえたアンナとはある意味真逆の、姫カットヘアにクロップド丈トップスを着こなす今どきの若者スタイルで、どの場面を切り取ってもオンステージとなる圧倒的なビジュアル。その華やかさとは裏腹に、時には自身を守るために棘を出し、捨てられることを異様に恐れる、傷だらけで孤独な心の持ち主。
陰陽を持ち合わせたドゥナというキャラクターに深みを与えることができたのはスジだからであろう。イ・ジョンヒョ監督に「イ・ドゥナ役にはスジしかいない」と言わしめたのも納得だ。
アクのなさが最大の武器となったセジョン
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地に足着いた常識人で平凡な人生を歩んできたものの、ドゥナに猛烈に惹かれ苦悩することになる大学生イ・ウォンジュンを演じたのは、ヤン・セジョン。
高校時代より俳優を志すようになったセジョンは、浪人期間を経て韓国芸術総合学校に入学し、演劇と映画を専攻した。そして2016年、医療ドラマ『浪漫ドクター キム・サブ』でお茶の間デビューを果たす。彼が演じたのは、主役の一人カン・ドンジュのライバルであるト・インボム。舞台となるトルダム病院の行方を阻む本院院長の息子だが、トルダム病院の面々に感化され人として成長を遂げていくという美味しい役どころ。作品もヒットしたことで、デビュー作にして知名度を高めた。
その次に放送されたドラマ『師任堂、色の日記』(撮影自体は『浪漫ドクター キム・サブ』より前)でも大ベテラン俳優イ・ヨンエを前に堂々たる演技を見せており、2017年には『デュエル~愛しき者たち~』に『愛の温度』と、2本続けて主演ドラマが放送。特に『浪漫ドクター キム・サブ』で“姉弟”を演じていたソ・ヒョンジンとの再演になった『愛の温度』での演技が高く評価され、「第25回SBS演技大賞」最優秀新人賞、「第54回百想芸術大賞」TV部門最優秀新人賞、「第6回APANスターアワード」最優秀新人賞を受賞している。その後、ラブコメ『30だけど17です』、時代劇『私の国』とジャンルの幅を広げたのち、2020年に入隊。『イ・ドゥナ!』が除隊後初の復帰作となった。
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セジョンは1992年生まれで現在30歳。同世代の俳優と比べて出演本数が少ない方だが、その分、一歩一歩着実にキャリアを歩んできている。これまでの作品を振り返ると、時に未熟だが正義心の強い役柄が多いのだが、それは彼自身のまっすぐな性格が反映されているのだろう。ジョンヒョ監督は「セジョンは真面目で感情を素直に表現する。だから彼は(無垢で純粋な性格)ウォンジュン役に最適だった」と語っている。また、端正な顔立ちによく通る低い声の落ち着いた雰囲気で、良い意味でアクが強くないため、イ・ヨンエやソ・ヒョンジン、シン・ヘソン(『30だけど17です』)、ソリョン(『私の国』)など、どんな個性の女性俳優との組み合わせも馴染む。そんな彼だからこそ、『イ・ドゥナ!』にて、大スターオーラ全開で挑んだスジとの相性が抜群だったと言える。
セジョン演じるウォンジュンのどこにでもいるような大学生感(よく見ると美しい顔立ちでスタイルも良いのだが)が、異なる世界にいる2人の恋愛物語を創り上げる上で大きな鍵になっていたと思う。ルールをきちんと守り、人には親切に接し、アルバイトも勉強もせっせとこなし、公務員を目指す、目立つことのない大学生ウォンジュン。そんな彼が、異世界(芸能界)にいたドゥナを沼堕ちさせ、ドゥナへの愛で嫉妬に狂い声を荒げながら涙を流すのだから、そのギャップに激しく心を揺さぶられてしまうのだ。
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本作に関して、キャラクターの特性上スジ演じるドゥナの方がインパクトあり話題性が高いが、セジョンによるウォンジュンも同等に作品に力を与えている。『アンナ』『イ・ドゥナ!』と大きくステップアップしたスジに、除隊後初作品『イ・ドゥナ!』で安定の演技力を発揮したウォンジュン。それぞれの今後が楽しみでならない。